2017年10月12日
1.読後レポートと取組み課題 相互フィードバック
2.講義
3.論語
4.次回までの課題について
今月の課題図書 『マネー・ボール』の「読後及び取組課題レポート」に寄せられた他の受講者からのフィードバックコメントに目を通していただいたうえ、ご本人からのコメントを発表していただきました。
【各受講者からのコメント発表を受けて、講師 中村よりお伝えしたこと(抜粋)】
数値に関しては、仕事を進めていくなかで、自分たちにとって都合の良い数値を抽出し、それを自分たちがもっていきたい結論や主張の根拠として使おうとする、使いたがることが往々にしてあるので注意が必要です。とくに、大企業などでは、それが原因となって、本部と現場との感覚に乖離が発生してしまうことがあるようです。
たとえば、平均値というものと、最頻値とか中央値といったものがあります。
極端な例ですが、100歳の人と、0歳の人が居れば、平均値は50歳となるわけですが、果たして、50歳という数値が現状を表しているのか?と言えば、まったくそんなことはないわけですね。でも、その50歳という数値を使うことが、自分にとって都合の良い人もいるわけです。そうすると、たとえば本部の人間が、自分たちのやりたいこと、自分たちが考えた施策を通すために、後付けで、50歳という数値を持ちだしてくる。いわば、こじつけです。でも、実際に、その施策を実行に移す現場の人間の感覚としては、まったくもって違和感を覚えている、こういう状況があるそうです。
そして、現場のことを見ていない本部が主導権を握っている会社というのは、大体、衰退していくものなんです。
筋肉を付けていくことと、文章をつくることというのは、私は一緒だと思っています。どういうことかと言いますと、たとえば、ボティビルダーのような凄い筋肉を付けていくためには、筋肉だけを付けていくことは不可能なんだそうです。脂肪も一緒に付けて身体を大きくしてから、そこから脂肪だけを落としていくと、あれだけの筋肉が付くんだそうです。だから、ボディビルダーの方というのは、身体に相当な負担を掛けておられて、大会前などには無茶なダイエットもなさったりするので、ああ見えて実は不健康な方もいらっしゃるそうです。私は、文章というのはボディビルダーの筋肉の付け方と同じなのではないかな、と思っていまして・・・最初から選ばれた言葉だけを紡いでいくというのは、余程の能力がないと無理だと思います。たとえば、三島由紀夫という人は、全部、頭の中で、文章を考え文字化していて、実際にそれを記していったら、ちゃんと本になるという・・・それくらい歴史上でも屈指の頭の良い人だと言われています。そこまでの能力がある人は別にして、我々のような凡人は、いろんな文章を書いてみたり、こうした読後リポートを書く場合でも、皆さんが実際なさっているように、書籍の気になる箇所には付箋をいっぱい貼って、その文章を書き出して、そこから不要なものを削いでいって、自分の文章を考えていくこと、いわゆる推敲していくことが必要なんだろうと思います。
また、夏目漱石の小説『夢十夜』のなかに、天才仏師(仏像を制作する人)運慶の話が出てきます。我々のような普通の人間が、もし仏像を彫ろうとするなら、木の塊に下書きをして、そのとおりに彫っていこうとすると思うんですが、運慶という人にとっては、既に仏像が木の中に見えていて、木の塊の中に埋まっている仏像を、鑿と槌を使って掘り出しているだけだと言うんです。つまり、要らない枠組みを取り外しているだけだから間違うはずがない、彫り間違えるわけがないと言うんですね。
言葉や文章をつくることも同じだと思います。元々あるものから削いで削いで、自分の言葉や文章をつくり出していく。天才である運慶の場合は、はじめから最終形が見えていますけれども、我々凡人の場合は、最初から格好の良い、綺麗な言葉や文章をポンと出すことは不可能な話ですから、言葉や文章の塊から、試行錯誤しながら、微調整をして最終的なものをつくり出していくということが、良い文章を書いたり、良いレポートを書くトレーニングになるんだろうと思います。ですから、こうしたレポートを取ってみても、文章量の少ない人・短い人というのは、「ああ、横着しているなぁ」としか私は見ないんですね。
ドラッガーがこういう内容のことを言っています。
「その会社が良い会社かどうか、真摯な会社かどうか、というのは、なかなか判断基準はないんだけれども、自分の身内の者をその会社に入れたいと思うかどうか? そして、思う会社というのは、良い会社だ」と。ただし、ドラッガーが前提としているのは、あくまで、しっかりした会社や組織のことであって、そうではない場合もあります。たとえば、既得権を守ることを目的としているような場合...、政治の世界で「俺が引退するから代わりにお前が出馬しろ」とか、地方の人口の少ない地域などでは世襲に近いかたちで公務員になるとか...それは当然当てはまりません。
オーナー企業というのは、組織を守るために、組織を存続していくために、自分の子供を社長に就けようということが多いですね。オーナー自身が若い時は、「子供には好きなようにさせるわ...」と言っておられても、どんどん年齢が高くなっていかれると、「やっぱり会社をこのまま手放すわけにはいかんなぁ、手放したくもないなぁ」という意図でもって、子供を呼び戻すということが見られます。まったく身内以外の人に会社を任せている人もいらっしゃいますが、オーナー企業の経営者として、それは凄い決断だと私は思います。株を持っていても口は出さない、もしくは株も渡してしまう、という「凄いなぁ...」と思うオーナーも少数ですがいらっしゃいます。一方、悪い意味で、「会社は自分のモノだ」と思ってやっておられるオーナー企業というのは、どこか「社員も自分のモノだ」と思ってしまわれているところがあるように見受けられます。
まずは、自分の子供を入れたい会社を自分の手でつくっていくこと、社員さんから、「うちの子供を入社させたいんですけど...」と言ってきてくれるような会社をつくっていけるのが良いのでしょうね。
実際、既に社長になっておられる方、これから社長になる可能性のある方が、この究光塾にはいらっしゃいます。 とりわけ自分の父親から社長を引き継ぐという立場の方も多いですね。これは私の経験則もありますが、いろんな人のお話を聞いたり、後継経営者のお話を聞いたりしたところで行き着いたものであるんですが・・・。そういった後継者の立場の方が、本当の経営者になれるときというのはね・・・
例えば、自分の父親というのは嫌なところも見えますし、似ていれば似ているほど、人間というのは似ている人が嫌に見えるものなんです。自分と似ている人というのは、自分の嫌なところが相手の嫌なところでもあるので、自分の嫌なところを目の前に突き付けられているようで、ものすごく鼻に付いてくるものなんです。でも、地の繋がった親子の場合、似ている部分というのは、どうしたって避けられないところがあるわけです。もちろん、個々の家庭の状況、兄弟構成にも影響は受けるでしょうから、まったく同じとは言いませんが。とかく、父親の嫌なところというのは、よく目に付くわけですね。
でも、自分の父親、前経営者の批評・批判を言っている間は、本当の経営者にはなれなくて、純粋にきちんと自分の父親、前経営者をしっかりと認められたときに、しっかりとした経営者になっていかれている部分があると思います。往々にして、父親を否定することによって、自分自身ができていないことを正当化したいがため、そういう批評・批判を言っていることが多いですから、注意をしていただくと良いのかなと思います。先程の数値の話(「数値の危険性」)と一緒で、人間というのは、自分が考えていることを正当化するための理由とか、言葉を探してきて、そこにこじつける傾向がありますのでね、注意をしましょう。
課題図書『経営学』では、小倉昌男さんは、他業種をヒントにして宅急便事業を始められました。
課題図書『ムハマド・ユヌス自伝』にて、ムハマド・ユヌスは、現銀行業を反面教師とし、現銀行がやっていないことをやって、自身の事業(銀行業)をやっていかれました。
そして今回の課題図書『マネー・ボール』を通して、私が、皆さんに感じ取っていただきたかったのは、こういうことであります。
主人公のビリー・ビーンという人は、実際にドラフトにかかるような人です。選手としては大成しなかったんですが、実際に野球をきちんとできる人が、プロ野球球団のGM(ゼネラルマネージャー)になって、いろんな数値やデータを球団運営に取り入れて、使っていったわけです。
人間というのは、普通、経験があればあるほど、過去の経験をそのまま取り入れてしまいがちです。「客観的に見ること」や「自分が今まで経験していないこと」を否定することによって、自分自身の歩んできた道のりを肯定しようとするものです。でも、ビリー・ビーンはそれをしなかった。そのためには、結局のところ、一旦、「自己否定」ということをしないと、数値であったりデータであったりを重視していくということはできなかったと思うんです。もちろん、ご自身が挫折をしていますから、そうした土壌があったとも言えるかもしれませんが...。でも、自分が挫折しただけで、ここまで客観的になれるかというと、私はなかなか難しいことなのではないのかな、と思います。自分自身が専門家であるのに、そこから何かを変えていくができる、変革していくことができる、というのは凄いことだと思います。逆に素人だから、冷静に考えられることって、たくさんあると思うんですね。でも、専門家というのは、今までの自分の経験から培ってきたものを、一旦、全部、自己否定しないと、新しいことは受け入れられないわけですから...。
そして何より大事なことは、今度は皆さんが自分自身の業界に身を置き、自社について考えていただくことです。
小倉昌男さんが宅配便を始めるにあたって同業以外のところからヒントを探してきた、これを倣って、他業種から良いところを学んでくるのも一つでしょう。
また、ムハマド・ユヌスのように、今、自社の置かれている業界がダメだと言うなら、どうすれば良いんだろう?と考えて、全然別のこと、業界にとって非常識なことを考えるのも一つです。
そしてまた、自分自身がこの業界に身を置いて、何とかしていこう、と思うのであれば、マネー・ボールのビリー・ビーンのように、自分自身の先入観を全部捨てて、全然違う観点を取り入れてみましょう、ということなんです。
最後にもう一点大事なこと。
ビリー・ビーンは、野球が好きで、野球への情熱を持っています。「お金はない、でも優勝したい」「お金は限られているけど、良いチーム作りたい」...まず、こうした「何とかしたい!」という情熱や想いがあったからこそ、自己を否定することもできたし、手段として数値やデータを取り入れることができた、だからこそ成功したんだろう、と私は思います。
マネジメントの体系的な概念を学習していただくため、他の受講者の方々とグループ討議をしていただきました。
グループ討議では、個人の意見を発表したうえ、グループの統一見解を出すことをお願いしました。
グループの統一見解については、多数決で決定するのではなく、各自が自分の意見を根拠を持って発表し、グループの統一見解を導き出していただくようにお願いしました。
「為政篇」
子曰く、「吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従いて矩を踰えず。」
< お伝えした内容 >
è 十五歳...「志学」 三十歳...「而立」 四十歳...「不惑」 五十歳...「知命」 六十歳...「耳順」
七十歳...「従心」
それぞれの年齢を示す言葉(異名)として用いられています。
è 葛飾北斎という人が、今年は、注目を集めているようです。
葛飾北斎といえば、赤富士と言われる『凱風快晴』や、『神奈川沖浪裏』という波の絵に代表される『富嶽三十六景』が特に有名であります。葛飾北斎という人は、この『富嶽三六景』を、70歳を過ぎてから完成させているんです。さらに、その後、作品を足していって、74歳のときに、『富嶽百景』を完成させています。
その『富嶽百景』を出版した「後書き」の言葉として、このようなことを記しています。
「私は6歳から図画をやったんだけれども、やっと50歳くらいで『何とか描けるようになってきたかな・・・』というところ。けれども、70歳までに描いていたものというのは、本当に取るに足らないものばかりだった。73歳になって、ようやく生きものとか草木の生まれや造りをいくらか知ることはできた。ここから、もう一回り、あと12年、86歳になったら、もっと腕は上達しているだろう。さらに、90歳になったら、(74歳の当時から)あと16年くらい頑張ったら、奥義を極められるかなぁ。100歳まで生きたら、それは良い作品を生み出せるだろう。だから長生きさせてほしい。」
葛飾北斎は、江戸末期の人です。江戸末期に生きた人が、74歳になるまで絵を描き続けている。さらに、この人は、60歳過ぎた頃に、脳梗塞になっているそうです。筆も持てないくらいの麻痺を起している。そこからリハビリをして描けるようになっているんです。そのリハビリに5、6年掛っている。・・・とてつもない人ですね。
そして葛飾北斎は、90歳で亡くなっているんですが、その臨終の際には、こういうことを言っているそうです。
「あと10年、天が私を生きさせてくれたなら・・・、いや、10年とは言わない、あと5年生きさせてくれたなら、ほんものの画工になれたのに...」
孔子は74歳で亡くなったと言われていて、「七十にして心の欲する所に従いて矩を踰えず」とあるように、「自分が思うように、心の欲するままに、行動を起こしても、道を踏み外すことがなくなったなぁ...」と振り返っています。一方、葛飾北斎という人は、死ぬ間際まで、「もうちょっと生きて絵を描きたかった...」と振り返っている。孔子の考え方もあれば、葛飾北斎の考え方もあります。「どちらがどうだ」ということを言いたいわけではありません。しかしながら、ある意味、死ぬ間際まで、ボケることもなく、「あと10年、いや5年で良いから仕事を続けさせてほしい」ということを言える人生というのは、幸せな人生なのかなぁ、と思いますね。
そして、人間というのは、常に勉強したり、好奇心を持っていろんなことを知っていくことが大事なんだということ。そうしたことを続けていくと、結果、他人の言うことを素直に聴けるようになったり、自分の思うように意思決定しても他人様に迷惑をかけない、自分自身の欲得だけで意思決定をしていない、ということに繋がる。ずっと、向上心を持ち続けていくことが大事なんだろうと思います。そして、「ずっと働かないといけない」と思うとシンドクなるかもしれませんが、働くことが楽しくない人生というのは、もったいない人生ではないかな、と思いますね。逆に、自分のやっていることが楽しいと思える人生は、ものすごく良い人生なのではないか、と思います。
子游、孝を問う。子曰く、「今の孝は、これを能く養うを謂う。犬馬に至るまで、みな能く養うあり。敬せずんば、何を以て別たんや。」
子夏、孝を問う。子曰く、「色難し。事あれば、弟子その労に服し、酒食あれば、先生に饌す。曾ち是を以て孝となすか。」
< お伝えした内容 >
è 弟子からの「親孝行」についての質問に対し、孔子は、子游には子游に向けた、子夏には子夏に向けた、一人ひとりに適した「親孝行」を説いています。その人その人に即した親孝行があり、単に理屈だけではダメだということだと思いです。
4. 次回までの課題
▼「報告書」について
ご上司に報告書を提出し面談のうえ、サインをいただいてください。この報告書の目的は「上司とコミュニケーションを取っていだだくこと」です。究光塾開催の翌週の月曜日を最終納期でお願いいたします。(10月2日まで)
▼「振り返り」を全メンバーにメール送信してください。3日以内の送信をお願いいたします。
① 本日の内容から得たこと
② 先月の 『本日の参加により取り組むと決めたこと』 の振り返り
③ 今月の参加により取り組むと決めたこと
④ その他(必須)
「6W3H」「SMART」の観点を用いて、目標設定をしてください。
▼「次回までの課題」について
課題図書は、再度、『経営学』(小倉昌男 著)とします。
1)「読後リポート」 1,600文字以上 書くようにしてください。
2) 課題図書を活用した「三つの課題と解決策の検討」
ひとつの課題につき、①課題、②実行方法、③達成手段、④目的、⑤期日を明確にしてください。
⑥前回設定した課題の振り返りもお願いします。
課題として設定した内容のもととなった課題図書内の文章を抽出・抜粋してください。
課題として設定した理由を明確にしてください。
課題の表現については、「6W3H」「SMART」の観点を用いて設定をしてください。
『経営学』は2度目の読書となりますので、前回6月に設定した課題を併記するようにしてください。
提出期限は、10月15日(日曜日)でお願いいたします。